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Vol.74「複雑な、うれしい再会」

【 コラム 】 2024.01.24

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹
令和6年1月24日

 

NO.74 「複雑な、うれしい再会」

 

この正月、私がある中学校で教頭をしていた時に同校の生徒だったS氏に出会った。いや、正確に言うと数年前に出会っていたが、それがあのS君であるとはわからずにいたのだ。
S氏は今、ある飲食店の店長さんをしておられる。後に詳しく述べるが、私も家内もこの店長さんのすばらしさにはいつも感服している。年が明けて、久し振りに同店を訪れたところ、事情あって氏が自らを語ってくださり、S君に「再会」していたということがわかった。大変うれしい再会であったが、そこに教育のあり方を考えさせられた複雑な再会でもあった。

 

〇 大好きなお店の大好きな店長さん
その飲食店には結構な頻度で通っている。食事が旨いのはもちろんだが、何より店長さんの応対が天下一品で、私たちが会計をしているとわざわざそこに顔を出していつも丁重な挨拶をしてくださる。
その昔、同店を2度目に訪れた日のこと。「いつもありがとうございます。」の言葉をいただき、「この店長さんはお客さんの顔を覚えておられるんだね。」と家内と話したことを思い出す。

 

 

私が右手親指をけがして訪れた際には、その包帯巻きを見て、店長さんが直々にフォークを持ってきて「これで食べられますか?」と気遣ってくださった。また、その後包帯が取れて訪れた際にも、「手の具合はいかがですか?」と声をかけてくださる。私と家内のことはいつも承知していて、特別に気配りしてくださっているかのような気もしないではなかった。
とても恰幅(かっぷく)のいい店長さんのニコニコした温かな対応に、いつも腹だけでなく心も満たされている。

 

 

先日は、私たちが食事している席まで見えて神妙な話をしてくださった。
「先生、実は今月いっぱいでこの店をやめ、来月から転職することになりました。」
教師だったことを私から話したことはなかったのに「先生」と話を切り出されたことにまず驚いたが、転職すると聞いて、このすばらしい店長さんに会えなくなることを残念に思った。
失礼なお尋ねであったが「どこかの学校で関わらせてもらったでしょうか?」と尋ねてみた。すると、「はい、〇〇中学校で教頭先生をされているときお世話になりました。H先生やO先生のクラスでした。」とのこと。
名前をお尋ねすると、「Sです。楜澤教頭先生にもいろいろご心配をいただきました。」と名乗ってくださった。名前を聞いてS君のことは即座に思い出したが、あまりの変わりようで、目の前におられる店長さんに少年S君の面影を見い出すことは困難であった。驚いたのと同時に、S君とこのすばらしい店長さんがつながって、うれしくてうれしくてたまらなかった。

 

 

「もっと早く名乗ろうと思っていましたが、いろいろご心配をおかけしたこともあって切り出せずにいました。」とのこと。そして、今の仕事では、土、日に子どもたちの面倒をみることができず、奥様に任せっきりになっているので、止むを得ず転職を決意したという内情をお聞きし、それは大事なご決断だと思った。

 

 

〇 失敗も貴重
中学時代のS君は、人懐っこさもある元気いっぱいの少年であった。そんな彼も、時には周囲の友とすれ違って教頭がその場に駆けつけたことも確かにあった。しかし、むしろ彼の言動はよりよい集団づくりにつながることが多くあり、どちらかというと小柄なS君だったが、その存在感は大きかった。

 

 

その彼に「ご心配をおかけしたので切り出せずにいた」と、自分を名乗ることを躊躇させた事実は、再会のうれしさとは別に、時の教育に携わった者の一人として複雑な想いを抱かずにはいられなかった。彼の謙虚さがそうせしめているとしても、S氏のその言葉は重かった。

 

 

学校現場では、授業づくりにおいても、学級をはじめとする集団づくりにおいても、「一人ひとりを大事に」という基本をはずさないよう努めている。しかしながら、本当に子どもたち一人ひとりが「大事にされた」実感を有しているかどうか、教育に関わる全ての者は謙虚に自己評価しなくてはならない。
ここでは、成功か失敗かという話に単純化させてもらうが、誰しも、特に小中学校の時代を振り返ると成功体験ばかりでないのは当たり前で、私などは大失敗がいくつもある。その様々な失敗がいつまでも自己肯定感を阻害するようではよくない。失敗は成功に負けず劣らず、人格形成の大事な一場面、一過程である。

 

 

私は、授業で生徒から間違った考え方や誤答が出てくることを大歓迎した。授業の終わりには、「〇〇さんのお陰で、皆の考えが深まったね。」と、その間違いに感謝する振り返りを大事にした。

 

 

自身が「心配をかけた」と語る中学時代の足跡も、店長S氏の天下一品の今につながっているのである。その歩みに拍手を送りながら、S氏の新しいフィールドでの更なるご活躍を祈る。