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Vol.19「成果を急ぐなという教え」

【 コラム 】 2022.08.03

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和4年 8月 3日

NO.19 「成果を急ぐなという教え」

子どもたちは暑さに負けず楽しい夏休みを過ごしていることと思う。長期休業は自律の力を磨く絶好の機。そのカギを握るのは以前にもお話した通り「計画」である。行き当たりばったりの生活ではなく、一日一日を計画的に過ごすことの良さを全身で感じ取ってほしい休みである。そろそろ、学習をはじめとするその計画も、部分修正する必要が生じているかもしれない。修正は何度行ってもよいが、計画が狂ってしまったまま、無計画・無為に過ごすことのないようにしたい。

ところで、前号の話につながるが、ほとんどの小中学校で3週間を超える長期休業がとられているわけなので、計画に沿ってコツコツと積み上げていく「米粒の努力」の実践を大事にしたいものである。その際、実践とセットで留意したい教訓があるのでここに紹介しておきたい。これはもちろん夏休みに限った話ではない。

 

 

  • 欲速則不達 「速やかならんと欲すれば則ち達せず」(孔子)

これは孔子の門人である小夏(しか)が、政(まつりごと)について孔子に尋ねたときの返答である。「成果ばかり急ぐと目標は達成できないよ」という教え。この後に「小利を見れば則ち大事ならず」と続く。広く人生の教訓としても受け止めることができそうである。写真はこの教訓に惚れ込んだ私の拙書。

 

 

 

 

教育のあり方についても大いなる示唆を与えてくれる。昨今、教育界でも、成果を効率よくあげることが求められることが多くなった。もちろん大事にしたい一面ではある。しかしながら、あまりにも目に見える成果と、それを生み出すスピードばかりを追求していく傾向が強まることには、憂いを禁じ得ない。「米粒の努力」を成り立ちにくくする恐れ大である。

 

成果ばかり急ぐと、教育の営みが目指すところの人格形成に失敗する危険性があることは、「オウム事件」をはじめ多くの事例にみることができるし、ここで紹介しているように何と二千五百年以上も前に孔子が教えてくれていることでもあるのだ。

 

成果主義が一人歩きすると、ルールを破ってでも近道をし、虚偽の実態から利を得ようとする輩が世の中を一層混乱させる事態を起こしかねない。勤勉を貴ぶ日本のよさは、社会がどんなに変化しようとも、生き方の土台として欠かせない要素のひとつかと思う。

 

ここで、「速やか」ではないけれども、地道にコツコツと積み上げていくことで、本質的な成果をあげることができた事例をひとつ紹介しよう。

 

 

  • S中吹奏楽部の話 

私が初めて校長として赴任したS中学校吹奏楽部の事例である。

その吹奏楽部の音色が、Y先生の指導もあって大きく変わった。平成18年度に行われた長野県中学校吹奏楽コンクール中信地区大会の応援に駆け付けた日の翌日、感動の一端を職員に伝えようと校長室だよりで発信した。その一部を抜粋して紹介させていただく。

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  「6番、S中学校・・・。」県中学校吹奏楽コンクール中信大会の本番である。大きな期待と若干の不安を抱きながら、私は息を呑みながら指揮棒が振り下ろされる瞬間を観客席で待った。

静寂のホールに夜明けを思わせるコンサートバスチャイムの音が鳴り響いた。とても効果的であった。続いて「サンクチュアリ」の序章が見事にそろって動き出した。

「よくぞこの柔らかな音色に磨かれたものだ。」と驚きを覚えながら演奏に引き込まれた。金管がp(ピアノ)でつぶやくとき、また木管がf(フォルテ)で協奏するとき、失礼ながら私はドキドキしながら「無事」を祈った。かつてはよく、音が途切れたりピーピーと上ずったりしたからである。

 

エンディングが近づいてきた。私の好きなブルックナーを思わせる感動的な場面である。最後の音が見事に美しい響きを演出し、すばらしい挑戦が終わった。その最後の響きは、私はもちろん多くの聴衆を魅了した。まるでプロのウィンドアンサンブルが演奏しているかのような錯覚を覚えるそれであった。

 

結果は銀賞。聞けば、僅少差で県大会出場は逃してしまったとのこと。審査員評からも、その演奏レベル、特に音質の磨き上げについて、ものすごい成果が確認できた。

 

 

感動的な演奏の余韻に浸りながら、私はコンクール前日の光景を思い起こしていた。本番を翌日に控えた最終仕上げの練習である。意外にも、なかなか曲の演奏に入らない。いつものことだと知ったが、時間をかけて念入りに音出しの基本を繰り返す部員の姿があった。また、表現を仕上げる最中でも、音の質に問題を見つけると演奏を止(と)めて音出しの確認をていねいに行う顧問の姿。「そうか、ああいう日々の積み重ねがこの演奏レベルを創り上げたのだな」と咀嚼(そしゃく)した。やはり、時間がかかっても基礎基本を定着させることなく発展応用はないことを確信した。

 

 

学校帰着後、「この部活を通して、演奏だけじゃなく自分が変わってきたと思うことはないかな。」の私の問いに、多くの生徒が笑顔で深くうなずき、「礼儀を大事にするようになった」とか、「家族や友達を大事にするようになった」などの応答が続いた。

「速やか」ではない人間づくりの営みもまた、S中サウンドを支える欠かすことのできない要因であろう。

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「速やかならんと欲すれば則ち達せず」である。同校吹奏楽部は翌平成19年度、見事金賞に輝いて県大会出場となったことも、ここに付記しておきたい。