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Vol.82「誤答に学ぶ」

【 コラム 】 2024.05.15

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和6年5月15日

 

NO.82 「誤答に学ぶ」

 

「個の間違いから皆が学びを深められることに感謝する、そんな学級文化が薫る授業」・・・これは前号結びの1フレーズである。学級集団の質をメインテーマにした前号だが、それに絡めて本号では授業づくりの視点から標記テーマを据え、岩村田小学校にお世話になっていたときのある教育実習生の授業を紹介しながらそんな授業づくりの一端に迫ってみたい。

 

〇 小4算数「1億を超える数」の授業から

それは、教職を目指して研鑽を積む実習生の算数の授業だった。教育実習終盤で行う研究授業であったが、特にその教材準備の熱意には多くの現職教員もいい刺激を受けた。

元気いっぱいの挨拶で授業開始。教師はおもむろに教卓の下から大きな包みを出した。何と、子どもたちの目の前に「1億円の札束」が登場したのである。新聞紙で作られた「1万円札」100枚の束が100束で、まずそのボリュームが子どもたちの度肝を抜いた。校長の私も子どもたちと一緒に歓声をあげた。何日何時間もかけて製作した手作りの「札束」であった。子どもたちは、小4で目にした「1億円の札束」を生涯忘れないだろう。学級担任の先生の愛車の値段と、消防署見学で説明を受けた消防車の値段を対比させながらの1億円という導入も、その金額のものすごさを印象付けた。

 

さて、興奮冷めやらぬ中、「1億という数のしくみを調べよう」という学習問題が板書され、その「しくみ」として1億円は1万円の何倍かを考えてみようという方向付けがなされた。

一部のつぶやきも聞こえたが、子どもたちの多くは黙って考え込んだ。その沈黙が続くのを恐れた教師は、打開策として次のような問答を始める。「 」内が子どもたちの答えだ。10万は1万の・・・「10倍」、100万は1万の・・・「100倍」、1000万は1万の・・・「1000倍」というもの。「万と万」の対応関係であったわけだが、同じ数字を答えれば正解ととらえた子どもたちが何人もいた。そして「1億円は1万円の1億倍」と答える。

 

私ならこの誤答が最初に出たことを歓迎するが、実習生にとっては予期せぬ反応で、どうやって正解に導いたらよいか戸惑いを隠せない。何人も参観者がいて緊張していたこともある。あわてて次の筆算を板書した。

 

100000000

×     10000

 

そして、「この計算をすれば1億になるの?」と誤答の子どもたちに迫る。この切り返しに子どもたちは即座に反応することができずにいたが、そこは深入りせずに「他の答えの人は?」と展開。その時点で「1万倍」の解答が出た。同じ答えの人を確認すると10人ほどの手が上がり、教師は待ってましたとばかりに「そうだね、正解。」と笑みを浮かべた。 ここまでがおよそ30分。残り15分で、子どもたちは1万倍でよいことの説明に挑んだ。筆算による検算に加え、札束モデルが検証に一役買ったことは言わずもがなである。

 

〇 学習を深める好機、好材料

授業の後指導(あとしどう)を求めて来室した実習生に、まずは教材準備のすばらしさを絶賛した。子どもたちの追究意欲を高めただけでなく、説明手段となって問題解決を助けた札束モデルであったことを高く評価した。次にご自身の授業にどんな課題をもったのか尋ねたところ、「1億倍」の誤答をどう修正していったらよいか困ってしまい、うまく解決できなかったと振り返られた。

 

私からは、教職への熱意溢れる彼への期待を込めてこんな話をさせていただいた。

「そこが惜しかった。最初から正解が出ずにあの誤答が出たことは、私だったら大歓迎だ。困ったとおっしゃるが、敢えてあの問答で1億倍を誘導したのかとさえ思って参観していた。あの時の子どもたちの沈黙は貴重で、もう少し待ちたかった。とにかく、迷いも生まれない正答一色の授業はつまらない。誤答をはじめ、多様な見方考え方が出てくると授業は盛り上がるし、子ども自らが問題解決にのめり込む。1億倍説について、その是非を子どもたちがどう考えるか引き出したかった。子どもが問題を見つけ、解決していく学びが展開できる好機にもなり得たと思う。」

 

最後に、かく言う私たちも学習を深める好機、好材料を逃す授業を何度も行いながら授業観を進化させてきたことをお伝えした。

 

以前も書いたことがあるが、上で述べた「正答一色」の授業のいい典型が、教師が「いいですか」と発し、子どもたちが「いいです」と口をそろえることをもって次に進んでいってしまう授業だ。授業者は、正答や見事な考え方だけが闊歩する授業でなく、誤答やつまずきを大事にし、それを活かす授業づくりを心がけたい。それは、主体的・意欲的な学びを育むのに欠いてはならない姿勢のひとつだと考えている。