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Vol.69「今の自分と将来の自分」

【 コラム 】 2023.11.15

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和5年11月15日

 

NO.69 「今の自分と将来の自分」

 

大分遡るが、本コラムのNO.27で、「図形博士」(NO.26に初登場)の変容振りに絡めながら「明日」を考えることの意味、そして「明日」の自分を考えて今を生きることの重要性に言及した。「明日」と「」付きで表しているのは、24時間以内の明日もあるが、もっと時間を経てやってくる、来週、来月、来年、卒業後、・・・将来という意の明日も重ねているからである。

本号では、将来の進路の考え方について私見を述べてみたい。

 

〇 キャリア教育の重視

昨今、キャリア教育の重要性が叫ばれる中、幼児教育段階から高等教育段階に至るまで様々なプログラムでその実践が積まれてきている。小学校中学年くらいから、次第に将来の自分を社会とのかかわりの中で考えるようになり、職業観も時々刻々と虚像から実像へと近づいていく。多くの場合は、高校卒業や大学卒業の時点で将来の職業に具体的に迫る進路選択を行うことになる。

 

キャリア教育で最も重視されているのが職業体験学習である。尤も、教職に就こうとする場合は、まず教員免許を取得する段階で教育実習を行う。これはある意味、必須の職業体験学習と言えなくもない。私は教育学部の出身ではなく、理学部に学んだが、教員になるための教育実習はもちろん行った。母校の高校で大変有意義な体験をさせていただいた。教員になってから教育実習生を指導することも多々あり、特に信州大学教育学部附属長野中学校に勤務した際は、教職を目指す何百人もの学生と出会い、私自身も貴重な勉強をさせてもらった。

 

この教育実習が、学生の抱く教職への魅力をいよいよ本物にしていくことになる。次は実習を終えたある学生のレポートの一部だが、私が指導上の参考にとメモしておいたものである。(文責楜澤)

 

「私は、十分な準備をして授業に臨んだつもりでしたが、実習の前半は自分が予想していなかった生徒の反応に戸惑うことが多くありました。私の不安は生徒たちをも不安にさせてしまったように思います。しかし、示範授業で、生徒の多様な反応を楽しんで、それを瞬時に授業展開に生かしておられる先生の姿にふれ、目指すところが見えてきた気がします。教職へのワクワク感が強まりました。可能性無限大の生徒たちと、ともに授業を創っていける教師になるべく、もっともっと力を付けて教員採用試験に臨みます。(以下略)」

 

教育実習を通して、自分が目指したい教師像がひとつ具体的になり、その実現に向けて大学に戻ってから更に力を付けようと決意している学生の姿、うれしいことだ。その君からは今も年賀状が届く。現在本県のある中学校で中堅として大活躍されている。

 

〇 進路を考える際に

私たちが自分の進路を考えるとき、2通りのアプローチの仕方があろうかと思う。

 

1つは、今の自分の分析・捉えからその延長線上に自分の将来像を見出そうとするもの。この場合、自分の得意なものや秀でたところが出発点となって思考が展開する場合と、不得意なものや劣っていると感じているところから選択範囲を狭めて限定的に進路を考えていく場合とがある。後者は、往々にして意欲的主体的な歩みが成り立ちにくい。「自分は英語が苦手だから、英語を使わなくてはならない仕事に就くのは無理。CA(キャビンアテンダント)にあこがれたこともあったが、あきらめよう。」といったケースである。

 

もう1つは、将来なりたいものや学びたいもの(無論今の自分の秀でたところと重なることも)から逆算して今、そしてこれからの自分の課題を決め出して歩もうとするもの。この場合は、「将来CAになりたいから、そのためにもっと英語を使いこなせるような学習を積みたい。当面は〇〇高校に進学して、その後は・・・。」といった進路選択になる。

 

私の、中学校での指導経験からすると、今の自分の捉えに立つことはよいとしても、そこから将来像を限定的に考えて、希望色の薄い進路選択をしてしまうと、そもそも今が充実しないことが多い。やはり将来目指すところに向かって、「そのために今・・・」という前向きな歩みを起こしたい。あきらめの境地に立った足取りに元気が出るはずがない。子どもたちには、今、そしてこれからの歩み次第で将来の可能性が膨らんでいくという考え方に立ってほしいと思う。そのことが実感できるのは、もちろん一定の時間を経てからであるが。

 

将来像を早く固めてしまうことはいかがなものかと疑問視される方もおられると思うが、固めるのではなく抱くことが重要なのだ。私がここで強調したいのは、「明日(将来)」のことを考えて「今」を生きることの重要性であって、一度抱いた「明日」が不変であることに意義を見出すものではない。歩みながら変化していく「明日」であってよいし、変化したとしても、人生の貴重な挑戦は意欲的に続くのである。