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Vol.59「理科実験で異臭 病院へ」

【 コラム 】 2023.06.28

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和5年 6月 28日

 

NO.59 「理科実験で異臭 病院へ」

 

 先日、妹夫婦が野菜を持ってきてくれて、しばしティータイムを楽しんだ。話の中で、私が中学校の理科を専門としていたことから、妹がこんな質問をしてきた。

「このところ、中学校の理科の授業で異臭が発生して生徒が病院に搬送されるという問題が相次いで起こっているけど、中学ではそういう危ない実験をやっているの?」

 

確かに実験中にこの異臭ガスで具合が悪くなるという事案が数件続いていたので、健全な市民が理科の授業は大丈夫なのかという心配を抱くのも当然だと思った。新聞やテレビで多く報道されているところではあるが、事故を起こさずにその実験を行ってきた理科教師の一人として、少しコメントしておこうと思う。

以前本コラム56号「困難を乗り越える選択」で、「危険からの隔離」ではなく自ら安全を確認して身を守る力を付けたいという話をした。本号では、此度話題となった理科実験についても、事故があったからストップということではなく、危険の中身を理解して安全対策を行った上で、自信もってアクセルを踏んでほしいという応援をしたい。

 

〇 鉄とイオウの化合

2種類以上の物質が結び付いて元の物質とは別の物質になる化学変化を化合といい、化合により生成された物質を化合物と呼ぶ。問題となった実験は、鉄とイオウを化合させて硫化鉄という化合物を生成し、それが元の鉄とは違う物質になっていることを確かめるものである。参考までにこの化合を表す化学反応式(化学変化を、元素記号で物質を表した化学式を用いて、反応前 → 反応後と表現したもの)は以下の通り。ここでは特別に、物質名を( )書きで添えた。

 

Fe(鉄) + S(イオウ)→ FeS(硫化鉄)

 

この化合を起こす過程でも花火をやった時のような刺激臭がするので、窓を開けるなどして換気に注意させるが、異臭が漂い具合の悪い生徒が出るというのは次の段階である。出来上がった硫化鉄が鉄とは別な物質になったことを確かめる場面で、薄い塩酸との反応の違いをみる際に起こる。なお、イオウとは別の物質になったことは一目瞭然なので深入りはしていない。また、化合する前と後とで磁石に対する引き寄せられ方が大きく違うことも確認できる。

 

〇 塩酸との反応の違い

薄い塩酸と鉄との反応は小6の理科でも学習しているが、鉄とイオウの混合物(化合する前)を少量とり薄い塩酸を加えると、水素の発生が確認でき、混合物中の鉄が反応した結果であることがわかる。なお、イオウが塩酸と反応しないことも容易に確かめることができる。

 

さて、次だ。鉄とイオウを化合させた反応生成物を少量取り、薄い塩酸との反応をみることになるが、ここで教師は重要な注意を与える必要がある。実験の目的は、鉄とは違う物質になっているかどうかを確かめることなので、生徒たちは塩酸との反応に違いが出そうだという意識はもって実験に臨む。通常その違いの中身は予告せずに実験に入るわけだが、ここでは、安全上予告めいた注意をせざるを得ない。独特な臭いのする気体が発生すること、そしてその気体は毒性があるので化合させる時以上に換気をよくして実験に入ること、「好きな臭い」ではないはずだが、くれぐれも吸い込むような嗅ぎ方はしないことなどである。だから「少量」の物質で実験するし、塩酸の濃度にも注意しているという補足も有効だ。そして大事なのは、こうした注意を守って実験すれば安全であるという安心感を与えることである。

 

〇 異臭の正体

ところで、この実験で発生する気体は硫化水素(H2S)である。無臭の水素とは違う気体が発生するので、鉄はイオウと化合して鉄とは別の物質になったことが確かめられる。

 

生徒たちからは、「イオウの匂いがする」とか「温泉に行った時の匂いだ」といった声が上がる。実験後のまとめで、鉄とイオウの化合物が硫化鉄という物質であること、そしてそれが塩酸と反応して発生するのは硫化水素という気体であることを知らせる。因みに、純粋なイオウは無臭で、イオウの化合物である硫化水素は、理科用語では「腐卵臭」と表現していることを添えてこの時間を終える。

 

この学習を経た生徒たちは、温泉地で「イオウの匂いだ!」という声を聞けば、「イオウは匂わないけど、これはイオウの化合物の硫化水素の匂いじゃないかな」とちょっぴり得意気な時間を過ごすのではないかと思う。