NEWS

Vol.56「困難を乗り越える選択」

【 コラム 】 2023.05.17

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和5年 5月 17日

 

NO.56  「困難を乗り越える選択」

 

前号で、歩行中の子どもの交通事故が7歳をピークにその発生割合が高くなっている状況に注目し、小学校入学前後の子どもに対して、危険からの隔離でなく、自ら安全を確認して行動する力をさらに育む必要があることを述べた。

 

本号ではこれと類似した論調になるが、困難なことを回避するのではなく、それを乗り越える体験を大事にしたひとつの事例を紹介したい。それは、歩道を歩行中の小学生を襲った交通事故に端を発する。

 

〇 歩道での事故の恐怖心に寄り添って

その事故は酒気帯び運転の車により引き起こされた。佐久市内のある地域でのこと、ある朝、いつものように集団登校で歩道を歩いていた小学生の列に、後方から走ってきた軽トラックが、何とセンターラインを越えて道路右側の歩道に突っ込んできたのだ。数人の子どもたちが負傷し病院に搬送されたが、幸い軽傷で済んだ。

運転者は、前夜に飲酒してまだ酒気が残っていたにもかかわらず車を乗り出して事故を起こした。この道路はとても見通しがよく、制限速度を超えて走る車も少なくなかったが、まさか、高さも強度も十分と思われる縁石のある歩道に、その縁石を乗り越えて突っ込んでくる車があろうとは誰も予想だにしなかった。

 

さて直後、事故の恐怖が消えない子どもたちのことを考えて、保護者の皆様が教育委員会に相談・陳情に見えた。

「子どもたちは、怖くてあの歩道を通ることができません。バス通学にできないでしょうか。」というもの。子どもたちの不安や親御さんの心配は痛いほどよくわかった。

 

もちろん、負傷した子どもたちについては、完治するまでその地区を通るスクールバスが利用できることをお伝えしたが、それ以外のお子さんについては徒歩通学続行という判断をさせていただいた。私からは概略以下のような説明をさせていただいた。

 

「事故発生現場は、立派な歩道が整備された道路であり、今後、スピード違反も含めて警察の取り締まり等の強化はお願いしていきます。そして、事故を目の当たりにしたお子さんの恐怖心に寄り添うことは、皆さんと同様、教育行政を預かる立場としても大変重要なことだと考えています。

さて、その寄り添い方ですが、困難なことに出遭ったらそれを避けて通るという策でよいでしょうか。今回の事故原因の特殊性からすれば、「事故現場を歩くのは怖いからバス通に」というのではなく、その恐怖心を乗り越えてまた元気に歩けるようにするという私たちの寄り添い方があると考えています。教育委員会としては当面、学校と連携して子どもたちの登下校に大人が同行することにします。朝は、教育委員会の職員が当番制を組んで〇〇から学校まで一緒に歩きます。下校は、学校の先生方が交代で付き添ってくれます。」

 

趣旨をご理解いただき、登下校時の子どもたちへの同行は約1か月半続けた。時々は「青パト」(青色灯を回転させて安全を見守るパトロールカー)も出動させた。

 

〇 子どもたちのひとり立ち

同行を始めて2週間程が経過したある日、教育委員会の職員に少し変わったお願いをした。横断歩道で、それまでは職員が黄旗で車両を止めて子どもたちを横断させていたが、以後、子どもたち自らが安全確認して横断するのを見守るようにというもの。もちろんその対応については最初の当番職員が子どもたちに指導した。

 

事故現場を歩く際の恐怖心は少しずつ和らいでいった。1ケ月が経過する頃から、列の前後に付いていた職員を最後尾だけにした。職員がリードする支援を減らし、道で出会う地域の方々に子どもたちが進んで挨拶する姿を褒める声掛けを大事にしてもらった。間もなくして、学校とも相談の上教育委員会職員の同行に終止符を打つ時を迎えたのである。

 

子どもたちは困難を回避するのではなく、見事にそれを乗り越えた。