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Vol.45「本物は続く 続ければ本物になる」

【 コラム 】 2023.02.08

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和5年 2月 8日

 

NO.45 「本物は続く 続ければ本物になる」

 

 

 故東井義雄先生のこの言葉は、以前、本コラム18号「米粒の努力」の結びで使わせていただいた。この教えは、「本物」の意味を説きながら、特にわずかな取り組みや挑戦で思うような成果につながらなかった場合などに、「続ける」ことへの意欲を増幅してくれる。

 

 

取り組みを続けた結果成果が上がったという事例は、教育現場はもちろん読者諸氏におかれてもたくさんあろうかと思うが、東井先生は、そういった成果の有無を超越したところで「本物」の生き方と「続くこと、続けること」の関係性を明解に説かれている。そうして、私たちに「本物」を志向させてくれるのである。

 

 

さて、本号では長年に渡り書道を愛し研鑽を積まれているあるおばあちゃんの姿を紹介し、東井先生の説かれるところに重ねながら、その学ぶ姿勢に学びたいと思う。

 

 

〇 93歳のおばあちゃんの学び

 

以前にも紹介したが(No.38「私と書道」)、私は現在、地域のお年寄りの皆さんの書道教室で指導のボランティアをさせていただいている。若干その経緯を繰り返しておこう。実は、妹が嫁いだ家の義父が同教室の指導をされていた。地域でも知られた書家で、近所の書道愛好家の求めに応じて教室を開いておられたのだ。ところが天寿全うで他界されてしまったので、私が後任を承引させていただくことになった次第。教職を去り、教育長を退任した後の貴重な生きがいのひとつになっており、共に楽しく勉強させていただいている。

 

 

同教室は隔週で行っているが、通常はまず2週間の宿題になっている書を皆で見合いながら、私がそれぞれに朱を入れて評価する。その後、新たな課題に取り組むのだが、皆さんは筆法等の解説を聞いた後、私が補助的に用意した朱の手本も参考にして練習を重ねる。そしてその課題を家で猛練習して次回に臨まれるのだ。

 

 

さて、ここで見出しに掲げたおばあちゃんの話に入ろう。この教室に学ばれている方の中で最高齢、93歳のSさんである。時々畑仕事もされるというお元気な方だ。耳が遠くなってしまって・・・とおっしゃるので、朱を入れるときに若干の言葉も添えるようにしているが、新しい課題に出合った後の2週間の取り組みがものすごい。教室がある日が本当に楽しみだとおっしゃる。宿題として持ち帰った新しい課題に自宅で何度も何度も挑み、見違えるような書にして教室に足を運ばれるのである。「見違える」などという失礼な響きがあるかもしれない表現をお許し願いたいが、とにかく宿題を持ち帰る直前の書が見事な進化を遂げてくるのである。聞けば、コロナ禍で教室に集えなかったときも、正月のお休み期間も、教室開催予定の確認を何度もされているそうで、その書道への並々ならぬ思い入れに頭が下がる。

 

 

「本物は続く」をSさんの学ぶ姿にみることができるし、「続ければ本物になる」をSさんの学ぶ歩みが立証してくれているように思う。

 

 

〇 書初めへの挑戦

 

暮れになると書道教室では、新年の書初めの事前学習を行う。本番は、基本正月2日に各自家庭で新年の試筆とするわけだが、その題材を決めたり手本を参考に練習したりする。題材は、各自が決め出すのも意義深いが、今年は皆共通で「山光澄我心」にした。「光」というのは光景という熟語からも推されるように風景である。「山々の風景が私の心を澄ませてくれる」という、信州人にとっては大いにうなずける題材である。

 

Sさんも例によって練習を積み、迎えた新年、下の作品を仕上げられた。本人の了解を得て紹介させていただくが、名前は伏せた。筆勢もあって、とても93歳の方の書とは思えない力作だ。

 

 

正月は教室を休みにしているが、各自の書初めを私のところに届けてもらい素人技で裏打ちをさせていただいた。2月の教室で、仮巻きにして鑑賞し合うことになっている。

 

 

Sさんをはじめ、各自が挑んだ命輝く書初めに学び合えるのを心待ちにしている。