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Vol.32「好きな勉強・必要な勉強」⒈

【 コラム 】 2022.11.02

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和4年 11月 2日

NO.32 「好きな勉強・必要な勉強」 ~1~

 

「好きなこと・ものだけでなく必要なこと・ものも」というテーマのもと、前号では食について考えたが、本号から2回に分けて勉強について考えてみたい。3つのエピソードをもとに話を進めることにする。

 

1つ目は20年近く前の話になって恐縮だが、中学校の選択教科でみられた生徒の姿である。教頭時代、ある中学校で「選択国語」の授業を担当したことがある。正確には、選択国語に位置付く「小論文」講座であった。その講座に寄せる生徒の考え方は、不得意だし「好き」ではないのだけれど「必要」だからというもの。不得意分野をなくすという一般論にとどまるものではなく、切にその力をつけたいというニーズが原動力となった選択であった。

 

 

ところで、その事例を紹介する前に、選択教科というものが今日ではあまり馴染みがなくなってきているので、少し補足しておく必要があろう。

 

 

 

  • 中学校での「選択教科」の変遷 

 

平成元年告示の学習指導要領(文部省)で、中学校では選択教科が登場した。簡単に言えば、多様化する生徒の興味・関心を伸ばし、選択する能力を高めることをねらって、各中学校において特色ある選択教科を開設するよう求めたものである。しかし平成20年告示の学習指導要領(文科省)では、「各学校においては、選択教科を開設し、生徒に履修させることができる。その場合にあっては、地域や学校、生徒の実態を考慮し、すべての生徒に指導すべき内容との関連を図りつつ、選択教科の授業時数及び内容を適切に定め、選択教科の指導計画を作成するものとする。」と、いわゆる「できる規定」に改められた。つまり、やらなくてもよいこととなったのである。

 

 

その背景には、「生きる力とゆとり」をテーマに、それまで教科内容や授業時間数の削減を行ってきたことが世論としても問題視され、「確かな学力を確立するために必要な授業時数の確保」が改訂の際の基本的な考え方のひとつとなったことが挙げられる。選択教科を開設する場合にも、「選択教科の内容については、課題学習、補充的な学習や発展的な学習など、・・・多様な学習が行えるように・・・。」と、いわゆる「学力」(真の学力はもっと広義にとらえるべきなので「」を付した)の重視を色濃くしながら、そこに「生徒の負担過重となることのないようにしなければならない。」と若干のブレーキもかけている。

 

 

余談になるが、私は、いわゆる「ゆとり教育」について問題視する風潮をむしろ心配する一人であった。何をどう変えようが、「ゆとりをもった学び」は希求し続けなければならないと、今も強い信念をもっている。「詰め込み」には陥らないようにしたい。

 

 

 

もう一点、選択教科の開設に向けて各校でかなり骨を折った実情を話しておきたい。この選択教科の開設・運営に当たり、教師の負担増も大きな課題となった。なぜなら、趣旨を尊重すると選択肢は多ければ多いほどよく、当然、最低でも学年の学級数より多くの選択教科の講座開設が求められたからである。教頭の私も3年生向けに「小論文」講座を提案し、授業をもたせていただいた。

 

 

なお、平成29年告示の現行学習指導要領でも、基本的に「できる規定」で選択教科の開設についての記述はある。しかし、標準授業時間数の一覧表にも載っていない選択教科を、現に開設している事例は聞き及んでいない。

 

 

  • 自己課題に立ち向かう選択

 

さて、選択教科について概観していただいたところで、選択教科最盛期だった頃の事例を紹介させていただく。選択の動機に注目したい。

 

 

それは平成15年度の教育計画を検討していた折のことであった。プロジェクトチームで選択教科の講座数をさらに増やすための知恵を絞っていた。私が「選択国語」の中に「小論文講座」を開設することを提案したところ、多くの賛同を得たが、国語科のスタッフが足りないから無理だという。結果、提案した教頭自らその授業を担当させていただくことになった。

 

 

実は、長野県公立高校の入試が、平成16年から各校の判断で前期選抜と後期選抜の2通りの方法で実施できるようになった。その前期選抜は、出身中学校の校長推薦によらず希望する者が志願できるので、自己推薦型入試と呼ばれ、調査書、面接、小論文、実技検査など、学校や学科別に独特の選抜方法が採られた。いわゆる教科別のペーパーテストではなかったが、生徒にとって最も大きな不安材料となったのが小論文だった。しかもその小論文を課す高校が非常に多くあった。生徒たちは、国語に限らずいろいろな学習場面で、文章は作るが、小論文としての体裁を意識して自分の考えをまとめ上げることには、多くの生徒が大きな抵抗感をもっていた。そんな生徒の困り感に救いの手をということで誕生させたのが小論文講座であったのだ。

 

 

「文章を書くことは苦手で、小論文を書くことに自信がありません。だから力をつけるためにこの講座を選択しました。」といった選択理由がほとんどであった。

 

 

選択教科に限ったことではないが、勉強においては、好きな教科、得意な教科に取り組んで自分の力を一層高めたいというアプローチの仕方があり、それはとてもすばらしいことである。一方で、紹介した例のように自分の足らざるところを補強し不安を解消したいというニーズもある。いずれも大事で、自己啓発の出発点になるが、私は、特に義務教育においては、自己課題に立ち向かう後者の姿勢を鍛える必要を強く感じている。