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Vol.13「音楽の師との出会い」

【 コラム 】 2022.06.15

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和4年 6月 15日

NO.13 「音楽の師との出会い」

 

  • はじめに

前号で私が大のクラッシック音楽ファンになった大きなきっかけが中学時代の音楽鑑賞であることに触れた。本号で、このことにも関わってもう少し述べておきたい。

心を豊かにしてくれること・ものはいろいろあるが、私にとって音楽は、最も日常的に我が人生を豊かにしてくれる存在である。その音楽を愛するようになった背景は小中学校の音楽教育にあったと振り返っている。私の音楽観を育んでくださった3人の先生との出会いを紹介しようと思う。

 

  • 小2の歌唱テストで

小1から小4まで担任していただいた小泉先生は、勉強するおもしろさをたっぷりと味わわせてくださった。

小2のある日、歌唱テストがあった。皆の前で一人ずつ歌った。私は、いつものように大きな声で自信満々にその課題曲を歌い上げた。そして何人か後、友人のY君の発表が終わったときのことである。先生は、何かにしみじみと感じ入った様子で、正確な言葉は思い出せないが、とにかくY君の歌声を絶賛された。小泉先生は一人一人の子どもを本当に大事にしてくれたので、クラスの皆から慕われていた。この時は、Y君の力みのない柔らかな歌声を皆の前でほめたたえ、Y君に光を当てながら私たちに、歌声の質に注目させたかったのだと思う。私はこの日を境に、ただ大きな声で歌うのでなく、きれいな声が大事だと考えるようになった。Y君の柔らかい歌声は未だに耳に残っている。

 

  • 歌声革命

中1、2と音楽の授業は女性の土屋先生に教わった。私はバスケットボール部に所属していたが、中3の夏の大会が終わった後、2年間ご指導いただいた土屋先生から何と、NHK合唱コンクールの学校代表メンバーにスカウトされてしまった。「♪青い空 青い海・・・」まだ出だしのところは歌えそうだ。当時母校の浅間中学校は千人を大きく上回る規模であったが、合唱部というのはなかった。コンクール出場に向けては、音楽の知識や技能に優れている吹奏楽部員が中心の合唱団が臨時に編制されたが、混声4部にするには男子が足りない。そこで合唱団を指導される土屋先生が、全校生徒からスカウトすることになったのだ。

その後音楽の授業で独唱することがあったが、級友から「楜澤は歌を歌う時は声が違う」と評価(?)されるようになった。考えてみると、小学校時代に小泉先生から声量だけでなく歌声の質が大事だと教わって以降、本格的に発声の練習をしたのは中3のこの合唱団に入ったときが初めてであった。

 

ところで、中学時代の歌声革命は、その後教師になってから、特に学級の歌声づくりに役立ったように思う。朝夕の学活時のクラス合唱は、学級づくりの大事な取り組みにもなった。そして、たまに(?)同僚と飲みに行ってカラオケに興じることがあったが、私の「すばらしい歌唱力」に「酔った」お客さんが、リクエストをしてくれることもあった。

 

  • 交響曲との出合い

中3での音楽の教科担任は三石先生であった。先生は、浅間中の音楽室の音響システムを新調するに当たり、大活躍された。スピーカーの種類のことや、出力の余裕等のことについて熱く語られたが、同校に念願のシステムが導入されることになったことを授業で紹介されたときの先生の喜びようといったらなかった。

三石先生は、鑑賞を始める前に、先生ご自身がその曲のどういうところに惚れ込んでいるかという話を短くされた。ベートーヴェンの「田園」を聴いたときのことだった。先生の予告通り音楽に情景が浮かんできた。その美しい魅力的な響きに鳥肌が立った。黒人霊歌も聴かせていただき、一部を歌う学習もあったが、私はとにかく交響曲を愛した。学校で毎日音楽鑑賞の時間があればいいなと本気で願った。

大学2年の時、夏休みのアルバイトで日産の座間工場で働いた。当時サニーが売れに売れて、製造ラインは昼夜休みなく動き、大学生にも高時間給の夜勤があった。生活費は家庭教師で稼ぎ、座間工場で稼いだお金はオーディオ装置に化けた。勉強に疲れてくると、無心に音楽を聴いてエネルギーを蓄えた。

 

今もほぼ毎日CDやレコードを聴いている。暮れには、年越しの前に必ずやることがあって、部屋の照明を少し落としベートーヴェンの「第九」を聴く。ベルリンフィルは私の指揮にも毎年しっかりと応えてくれている。

 

  • おわりに

校長時代、学区内のある保育園の音楽会にお招きいただいたことがある。子どもたちの総合表現のすばらしさに、とても感動した。そこに外部指導者として我が恩師の三石先生がみえていた。発表後の講評の一節で「今日は、音楽を通して人格を形成している幼児期の子どもたちの姿をたっぷりと見ることができた。」と話されたが、私も子どもたちの事実をそこに重ねながら大きくうなずいた。

 

音楽の師との出会いで、私は音楽との関わりを深め、人格形成レベルでよい刺激をいただくことになった。階名は順番に数えて判断できるが音符と音とが対応しない私にも、音楽と共に豊かに生きるすばらしさが感得できている。以前、著名な哲学者の先生から教えてもらったことだが、古代ギリシャの時代から、音楽と体育は必須科目だったそうである。

学歴社会から生涯学習社会になってきている今日、義務教育の果たすべき大事な役割のひとつは、学ぶおもしろさや意義を存分に味わう学びを積むことである。