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Vol.12「辻井伸行氏の超絶演奏!」

【 コラム 】 2022.06.08

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和4年 6月 8日

NO.12 「辻井伸行氏の超絶演奏!」

 

 前号で、生まれつき目の見えない方がテレビまでも組み立ててしまうという驚きの事実を紹介した。私などは、よく見て注意しているつもりでも、ハンダごてでやけどすることがある。

 

さて、その11号のコラム原稿を仕上げた後、去る5月20日のこと。全盲のピアニスト辻井伸行氏のコンサートが松本であり、全身が震えるような感動を覚えた。何とインターネットによるチケット申し込み開始10分後にはS席が完売という中、何とか家内がA席を2枚予約してくれた。

私は中学校時代に音楽室のステレオでベートーヴェンの「田園」を聴いて以来、クラッシック音楽、特に交響曲や協奏曲が大好きになった。普段は書斎兼オーディオルームで鑑賞をしているが、年に何回かは家内とコンサートに行く。このところコロナ禍で行けなくなっていたので、本当に久しぶりのことであった。しかも国際的に大活躍されている辻井氏によるショパンのピアノ協奏曲第1番と2番だ。何日も前から胸躍った。読者諸氏の中にも行かれた方がいるかもしれないが、本号ではその時の感動の一端を発信したいと思う。

 

 

○ コンサートチケットが最も入手困難なピアニスト

辻井伸行氏は、2009年の第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールにおいて日本人ピアニストで初となる優勝を成し遂げている。その後数々の国際舞台でその類まれな超絶的とも言える演奏を披露し、その音楽で世界中の人々を感動させている。ご案内のとおり、生まれつき視力がないわけだが、氏が生み出す音楽のすばらしさは、もちろんのこと視覚の有無を超越した次元にある。

今回のコンサートでいただいたパンフレットには、「コンサートのチケットがもっとも入手困難なピアニストと評されている」と載っていた。

 

○ 鍵盤の位置の把握

「一体どうやってピアノの鍵盤の位置を把握されるのだろう?」・・・辻井氏について以前から疑問に思っていたことだが、生演奏から何か発見できるかもしれないと、耳を澄まし、目を凝らした。そして「これか!」という神技に出遭う。それは、氏がピアノパートを弾き始める5秒ほど前からの独特の動きの中にあった。

 

コンチェルトなので、ピアノがリードするだけでなく、オーケストラの動きに合わせて弾き始める場面が何度もあるが、その都度絶妙なタイミングで、一瞬左手が全鍵盤の左端、右手が右端を確認する。直後、両手は氏独特のスタンバイポジションへと動く。そして次の瞬間、88の鍵盤を前にした全盲の氏が、見事に目的とする鍵盤をとらえ、多彩な音色を紡ぎ出されるのである。この両端からの確認が2回行われることもあった。そこには、万が一のミスも許さない氏の生きざまが垣間見えた。

 

ところで、帰宅後、ふと気になってピアノの白鍵の幅を測ってみた。約23mmで、白鍵と白鍵の隙間は1mm弱であった。私の人差し指の先端(キーをたたいた時のことを考えた先端幅)が18mm程度であることを引用するならば、白鍵の中央をたたいた時に、隣接する白鍵にふれないための余裕は左右それぞれに2mm強ということになる。素人の机上計算をお許しいただくとして、視覚によらず鍵盤の両端を基準にして目的とする鍵盤を判断する技は、物理的には極めて難度の高いものであり、まさに「神技」である。言うまでもないが、想像を絶する努力を積み、幾多の困難を乗り越えて到達している事実である。

 

 

○ 弱い音の「命」

辻井氏の演奏の中で私が特に注目したのは、微弱音の表現である。全身を使って、全神経を集中させて、その微弱な音を生み出す。静寂の中に鼓動する「命」を感じた。演奏後、家内に「あの微弱な音を出そうとして、音を失してしまうようなことはないの?」と聞いてみた。すると、演奏で難しいのは、強い音より弱い音で、強弱記号のp(ピアノ)が3つ付いたppp(ピアノ・ピアニッシモまたはピアニッシシモと言うそうである)の表現などは本当に神経を使うのだそうだ。そして、私のような素人が挑戦すると、確かに音を失してしまうことが多いでしょうね、とわかり易い説明をしてくれた。

その微弱な音の「命」を追求した表現の見事さは、私の心をとりわけ大きく揺さぶった。

 

 

○ 音「色」

  話は若干脱線するが、教育長在任中、佐久平交流センター(新幹線佐久平駅から徒歩3分)のホールのピアノを新調し、スタインウェイのフルコンサート用にした。その記念コンサートには、こちらもまた世界的に有名な小菅優氏をお招きした。演奏後、控室で御礼を申し上げた際、「このスタインウェイいかがでしたか。」と尋ねてみた。そのお答えは、「すばらしいピアノですね。多彩な色が出ます。」というもの。音を色で評価されたこと、「出せます」ではなくて「出ます」と自分のお力は控えて語られたことが印象的で、演奏のすばらしさに加えて忘れられない。

 

さて、辻井氏の話に戻るが、その超絶演奏が生み出す音色は実に豊かで多彩だ。聴衆は呼吸するのも忘れて聴き入ってしまう。演奏後、視覚を有さない氏が生み出す見事な音楽の「色彩」にいつまでも酔いながら、私は心の中で何度も何度も「ブラボー」と叫んだ。(コロナ対策で声を上げないようにとの指示あり)