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Vol.9「家庭学習の充実に向けて」⑴

【 コラム 】 2022.05.18

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和4年 5月 18日

 

NO.9 「家庭学習の充実に向けて」 ~1~

 

教育長在任中のある時、小学生と中学生のお子さんをおもちのあるお父様から「学力を高めるためにどんな家庭学習をさせたらよいでしょうか」と相談を受けた。

私はそのお子さんを知らない。学力の3本柱についてごく簡単に触れた上で、家庭学習に向かう意欲や主体性についてお尋ねしながら、何といってもそこのところを改善する必要がありそうですねと所感を述べた。そして、学習の質を変えるべく若干の改善策(その具体は次号で紹介する)を提案させていただいた。家庭学習を「させる」というお父様の言葉も、私が主体性に問題を見出したひとつの背景となった。

 

○ 「主体的に学ぶ力」の涵養は学校でも家庭でも

 

実は、以前紹介したPISA調査をはじめ、学力や学習状況を調べる諸調査においても、日本の子どもたちの学習意欲や主体的に学ぶ力についての課題が指摘されており、学校現場はもちろん、家庭学習においてもその改善が求められている。現行の学習指導要領でも、主体的な学びを具現する授業づくりは改訂の核となっていると言ってよさそうだ。

 

ところで、本コラムの第7号で、ノーベル物理学賞受賞の故益川敏英先生は、少年時代、家でも学校でも「やらされる勉強」や「考えることを要しない勉強」は嫌ったが、主体的に学ぶおもしろさはたっぷり味わったというエピソードを紹介した。この話を、世界的に注目される科学者の少年時代だからさもありなんと整理してしまうのは早計である。

 

家庭学習について我が小学生時代を振り返ってみても、「宿題=やらされる勉強」であることは結構あった。漢字練習のための「百字帳」の提出は毎日求められたが、私の取り組みは次第に「作業」になってしまった。恥ずかしながら、文字を分解して一角ずつ「大量生産書き」をすることで作業効率を上げたことを思い出す。この手の宿題は、とにかく好きな本を読んだり物づくりをしたりする前にやっつけ仕事でこなした。しかし中学生になると、同じ漢字練習でも「やらされる勉強」ではなく、自己課題に向き合った主体的な学習ができた。期末テスト前に、新出漢字や自信もって書けない漢字を自分でリストアップし、広告の裏が真っ黒になるまで練習した学習は、とても有意義であった。

 

 

○ 小中学生の学びに関する実態調査から

 

ここでは、冒頭紹介したお父様のこともあるので、話題を家庭学習に絞る。

ベネッセ教育総合研究所が2014年に全国の小4から中2の子どもとその保護者を対象に行った、学びに関する実態調査が大変興味深い。同調査は、[21世紀を生きていく上で土台となる「主体的に学ぶ力」をどう伸ばしていくか]というテーマのもと実施された。そしてその結果は、家庭学習の充実に向けて私がそれまで考えてきたことや実践してきたことの後押しともなる内容であった。以下、ごく簡単に調査結果の概略を紹介するが、学習のあり方そのものをどう変えていくかという「質的側面」の改善を示唆するものとして見ていただけたらと思う。

 

(1)家庭学習の時間(成績別平均)

 

小学生  成績上位層  1時間38分 / 1日

下位層  1時間 7分 / 1日

中学生  成績上位層  1時間35分 / 1日

下位層  1時間13分 / 1日

 

※ 小、中とも成績上位層と下位層の平均学習時間の差は30分前後ある。無論上位層の方が長いが、その違いはそれほど大きいものではない。学習時間が短いのに成績が上位であるというお子さんが一定割合で存在することも報告されている。

 

 

(2)成績上位で学習時間の短い子どもの特徴

 

成績が下位で学習時間が長い子どもとの比較で導いた結果である。小、中ともに共通して言える次の2点は大いに注目したい。

 

① 自分が何をわかっていないか確認しながら勉強する傾向が強い。(+19.9P)

② 答え合わせ後、問題の解き方や考え方を確かめる傾向が強い。(+21.4P)

※ この2点は、成績上位層の学びの質における見逃せない特徴を示している。

 

 

(3)学習における悩み

「上手な勉強方法がわからない」  小学生 39.9%

中学生 54.7%

「勉強をやる気が起きない」    小学生 39.8%

中学生 55.5%

※ 学ぶ意欲、主体性の課題を直接間接に示すものと捉えることもできる。

 

○ 主体的な学びにつながる3つのポイント

 

そもそも、本号で紹介した実態調査では、「主体的な学び」に必要な要素として、「自己理解」、「学習意欲(学習の動機づけ)」、「学習方法」の3つを設定し、それぞれ成績との連関をみながら傾向を論じている。そして、成績上位層のお子さんにみられる顕著な傾向として、次の3点をまとめている。

 

 

① 高い内発的動機づけをもって学習している。

② 問題を解く際に、考え方などのプロセスを重視する傾向が強い。

③ その保護者が、内発的動機づけを高めるような支援をしている。

 

 

勉強でも運動でも「質と量」の議論にはよく出合うが、私は、量を質で補うことは可能だが、質は量ではカバーできないと考えている。学校では、およそ決められた量の中で質を高める授業づくりに挑んでいる。家庭学習は、いわゆる宿題の内容にも左右されるところ(学校の責任大)だが、「やらされる勉強」からは何とか脱却させたいものである。「漢字の大量生産書き」に終わる危険性大である。量を増やすことで学力の維持・向上に一定の成果を収めてきた事実ももちろんあるが、学年や発達段階によってその具体は異なるとしても、主体的な学びにすべく質の改善を図る必要があろう。

 

次号では、冒頭で述べたお父様への提案も含め、家庭学習における学びの質を改善する具体的な取り組みについて、実践例としていくつか紹介したいと思う。