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Vol.98「振り返れば未来」~1~

【 コラム 】 2024.12.25

学びの応援コラム

楜 澤  晴 樹

令和6年12月25日

 

NO.98 「振り返れば未来」~1~

 

本コラムも間もなく100号を数える。ご愛読いただいた皆様、貴重なお声を寄せてくださった皆様に感謝しながら、切れのいい100号で終止符を打たせてもらおうかと思う。実は最後はこれでいこうと決めていたテーマがある。変化が激しく、未来予測が困難で、これまで人類が出遭ったことがないような新たな課題も乗り越えていかねばならない時代であると言われる今日、その流れに逆行すると思われるかもしれない「振り返る」ことにこだわって締めくくりをしたいと思う。

本号から3回に渡り、東京大学名誉教授の木村尚三郎先生(平成18年逝去)が紡ぎ出された「振り返れば未来」をテーマに、新たな課題に向き合わなければならない時代にあっても、振り返って大事にしたいことを忘れずに未来づくりをしていきたいという話をしたい。

 

時の流れは、もはや“dog year”(下記注1)の例えでは済まなくなり、“insect year”(注2)とも例えられるほど変化の激しい時代を迎えている。そこに生きる私たちは、もちろん新しい見方考え方も獲得していかねばならないが、人類が長い時間をかけて磨き上げ大事にしてきた不易なるものを軽んじてはならない。人を育てる教育においては、殊更である。

 

(注1 dog year : 犬が人間の7倍の速さで成長すると言われることから、IT技術などが目まぐるしく進歩する時代の変化を犬に例えた表現)

(注2 insect year : 時代の変化を犬よりももっと早い成長スピードの昆虫に例えた表現)

 

まずは、ここで木村先生の名言について、先生がそこにどんな想いを込めて紡ぎ出されたのかをお伝えしたいと思う。今もなお、考え方、生き方の大きな拠りどころとして私の中に生き続けている言葉である。

 

〇 名言「振り返れば未来」

教職に在りし日のこと、平成5年の春だったが、文部省(現文部科学省)の中央研修に臨む機会を得て、1カ月を超える研修をさせていただいた。同研修は研修者の在任校に補充教員が配置されて行われるので、存分に研修に打ち込める大変有難いものであった。上述した東京大学名誉教授の木村尚三郎先生の講義を拝聴したのもその時のことであった。

 

先生は、講義の一節で、「共生の時代とも言える21世紀に大事にしたいこと」に言及された。まず、前近代から近代にいたる変化を「花より団子」になってきてしまったと表現され、美の追求が大事にされた「心の時代」から、機能性や経済性、効率性の追求に偏った時代になってきたことを大変に憂うべきことだと警鐘を鳴らされた。そして、これからの時代は、過去においてそうであったように、「団子より花」の生き方を大事にする必要があると強調され、本号テーマにも据えた「振り返れば未来」という名言を導かれたのである。

 

なお、講義の中でその言い回しについて補足説明をしてくださったが、それは、かつて電車内の吊り下げ広告などでよく目にしたキャッチフレーズ「振り向けば青春」をアレンジされたとのことであった。

 

〇 全国造形教育研究大会の祝辞でも紹介

写真は教育長時代に認めたものだが、平成29年、第70回全国造形教育研究大会が本県の佐久地区で開催された折、その開会式で祝辞を述べることになり、この色紙の拡大コピーを披露しながら木村先生の説かれるところを紹介した。全国から参集された美術を指導する先生方に、21世紀が「心の時代」としても輝くよう、美の追求をリードする教育の実践者に向けて敬意を表したものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開会式終了後、同研究大会の大会長を務められた校長先生から丁重なる感謝の言葉を頂戴した。

「ご祝辞ありがとうございました。美術教育の最前線に立つ教師にとって本当に貴重なお話でした。美術教育だけに光を当てていただいたのではないことは承知しながらも、全国からここに集った教師が、美を追求する教育の重要性を再認識したと思います。教師を育てる校長としては、教育長先生から大きなテーマをいただいたと考えております。」

 

出来の悪い話も、優れた聴き手の方には、「一を聞いて十を知る」話になってくれるようだ。